カズオ・イシグロ、est em作画による『日の名残り』漫画版を称賛
ノーベル賞作家の小説をどう漫画化したか、取材のためのイギリス旅行、作家から届いたメールについて作者が語る
カズオ・イシグロ は漫画版 『日の名残り』 (The Remains of the Day)の第1話を読み、その評価はこれ以上ないほど好意的なものだった。早川書房を通じて漫画家 est em に送ったメールで、ノーベル文学賞作家は主人公スティーブンス執事の控えめなユーモアと表情の豊かさを高く評価している。日本では早川コミックスから刊行されている作品について「非常に有望だ」と書いている。
この知らせは、朝日新聞のメディア 好書好日が漫画の第2巻刊行とest emのデビュー20周年に合わせて公開したインタビューで明らかになった。 『イッポ』 やBL作品 『匠が跳ねたら会いましょう』などで知られる作者は、企画の始まりが編集者からの直接の問いかけだったと説明する。イシグロのどの小説を漫画にしたいか。答えは即答だった。 『日の名残り』。1993年のジェームズ・アイヴォリー監督の映画で知っていた物語だが、小説を読むと映画とは異なる印象を受けたという。
最大の課題は、スティーブンスの語りの声と向き合うことだったと認める。小説は一人称で書かれ、批評家が「信頼できない語り手」と呼ぶものに支えられている。絶え間なく話し、一見筋の通った説明を積み上げるが、その立場は最後まではっきりしない男だ。「原作の面白さは、その情報の揺らぎにある」とest emは言う。その独白の奔流をコマに移す作業は、彼女も認めるように骨の折れる仕事だった。原作の調子や味わいを失わずにテキストを削り、漫画で初めてこの物語に触れる読者のことも考える。
「ユーモアは控えめだが効果的で、スティーブンスの描写はすでに胸を打つ。誰もいない屋敷を歩く姿はとても表情豊かで、他の者が冗談を言うあいだ、ほとんど無表情な彼の顔に焦点を当てた無言のコマの使い方は非常に巧みな演出だ」
イシグロからのメールは、出版社が第1話を英訳して作家に送った後に届いた。est emは読んだ瞬間「ひゃあ」と声を上げたと打ち明ける。奇妙な偶然も覚えている。メッセージの日本語訳が、イシグロを日本で出版し、今は漫画レーベルを推進している早川書房の外国文学の文体に聞こえたという。
スティーブンスの足跡をたどる旅
作画の前に、est emは一人でイギリスへ渡り、4日から5日かけて小説の中で執事がたどる旅程を巡った。彼女にとっては新しいことではない。描く場所を実際に訪れるのが常だからだ。しかしイギリスの光には驚かされた。影が濃く輪郭がくっきりしたスペインやイタリアに慣れていた彼女がイギリスで見つけたのは、雲に覆われた拡散する光で、それを作品自体の曖昧さと結びつける。雨の後に太陽が顔を出したときの丘の緑に感銘を受けた。「漫画では色を表現できませんが、その空気感は伝えたい」と話す。
est emが撮影したイギリスのカントリーハウスの階段と、『日の名残り』のために描いたコマ。主な舞台であるダーリントン・ホールは、作者が念入りに撮影したイギリスのカントリーハウス、オードリー・エンド・ハウスに着想を得ている。室内は複数の建物の要素を組み合わせた。背景を含め、絵はすべて彼女自身が描く。磨かれたデジタルの線から離れた、質感のある線が欲しかったため、Gペンを使っている。また、今では後悔しているルールも自分に課した。過去の場面ではトーンを使わず、現在と区別するというものだ。「描いても描いても終わらない」と笑いながら話す。
仕事に逃げ込む執事
est emはスティーブンスを、イギリス貴族社会の一種の「ゼリー」に閉じ込められた奇妙な男だと表現する。貴族ではないが、執事として貴族階級を支えることに誇りを持っている。良い執事とはどうあるべきかを長々と語るが、なぜ仕事に誇りを求めるのかを説明する段になると、すべてがぼやけてしまう。「つかみどころがなく、捕まえられない。たくさん話すのに、自分自身をほとんど明かさない」とまとめる。
第1巻は、ダーリントン・ホールで副執事を務めていた父親との関係に焦点を当てる。作者にとって世代の対比は重要だ。父親は執事の価値が疑いようのなかった時代に属し、スティーブンスは階級制度がすでに揺らぎ始めた1920年代以降を生きる。変わりゆく世界で執事であり続けようとする頑なさが、この人物の最も興味深い点だという。彼の言い訳に共感はしないが、魅力的に感じる。
カズオ・イシグロ原作、est em作画による漫画『日の名残り』(早川コミックス)。第2巻には、スティーブンスが決して忘れることのない晩餐会とミス・ケントンとの再会が収録される。est emによると、晩餐会は大勢の客が登場する場面で、全員が年配の男性であり、彼らを描き分けるのが難しいという。「登場人物の平均年齢が非常に高い、珍しい漫画になるかもしれません」と冗談を言う。それでも、その場面を描くのは楽しいと話す。
第2巻に収録される第7話のページ(早川コミックス)。デビュー20年
インタビューはest emのデビュー20周年に重なる。2006年、 『匠が跳ねたら会いましょう』でデビューした。フラメンコダンサーとハリウッドスターを描いたBL作品だ。当時は京都精華大学の大学院生で、商業漫画を志していたわけではなかった。漫画と社会や文化を結びつける企画や、フランスのバンド・デシネに関心があった。編集者から電話があり、商業BLについて何も知らないままデビューした。
長年、自分が読みたいものを描いてきた。転機は 『イッポ』だった。2012年に集英社から出版された若い靴職人の物語で、掲載誌が休刊になり、青年誌へ移った。そのとき初めて大人の読者を意識するようになった。物語が読者を満足させるには何が必要か。その学びが、この20年で最も変わったことだと語る。
今後については、計画を立てない方針だ。アイデアはあるが、決まっていることはない。今の優先事項は 『日の名残り』の漫画化を完結させることだ。「まず、漫画を描き終えること」と話す。
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